お題:風立ちぬ ジブリより

話したいこと:選ぶってなんだろう

 

こんばんは、こめです。

今回は、ジブリ作品より「風立ちぬ」から、「選ぶ」という行為について、作品中に出てくる”仕事”と”私的幸せ”にフォーカスしてお話ししたいと思います。

 

1.風立ちぬとは

第一次世界大戦関東大震災など激動の1900年代初~中期の話。次郎(主人公)が、夢である飛行機の設計の仕事につき没頭していく。地震の災禍のなか、偶然泊まった宿でのちの妻菜穂子に出会う。戦争が激化する中も次郎は失敗を繰り返しながらも飛行機の設計にのめりこんでいく。ある日、菜穂子が病に侵され残り僅かな命となる。心配をしつつも、次郎は仕事をやり遂げようとする。菜穂子は末期、最後の力を振り絞り、立つことも苦しい中自力で歩き、次郎との結婚式を挙げる。その後、妻に対する悲しみを持ちつつも、次郎は夢であった人生最高の機体「零戦」を完成させ、物語は終わる。

 

2.選ぶ(好きなことを探すとは)

このブログを読む人の中には、今好きなことを仕事にしている人、好きなことを探している人、好きなことを趣味にしている人、好きなことなんてないよって人、そもそも好きなことってどういうことって思う人色々いるかと思います。

まずは、好きなことを探すという行動についてお話したいと思います。

昔は野球・サッカー選手になる、大企業に就職する、公務員になるというようなことが間違いない「良い」選択だというような時代でした。しかし、今やネットやメディアなど情報にあふれ、実力主義のような風潮が少しあったりして、「道・選択肢はいっぱいある。自分でそこから好きなことを探して選ぶんだ。それがそれぞれにとって良い道だ。」というようなことを声高にいう様子をみますね。

たしかに、自分の好きなことが決まってて、何がいいかっていうことがなんとなく感じれて、たまたま目指す姿の例のような人が近くにいる人にとっては住みやすくなってきた世の中だと思います。

しかし、まだ好きなことがないとか、好きなことのイメージがつかないという人は、いかだもないまま大海原に放り出された気分でないでしょうか。

僕はこう思うので、こんな声高に言う内容をどこか無責任なネグレクトじゃないかなと感じてしまいます。

 

だから、僕は、「好きなことを探す考え方」はこういうやり方もあるよということを伝えたいです。

 

まずは、「好き」って何か。僕は、

きづいたらやっているもの。

あこがれているもの。

人より少しでも得意なもの。

ほかのなによりも少しだけ長くできるもの。

やらされたけどできる、続けられるもの。

なのかなと思っています。

上の3つは誰でもいうようなことだと思います。主人公の次郎もこれに該当すると思います。僕は、下2つについてあまりみんなしない考え方じゃないかなと思います。

たとえば、勉強、スポーツ、読書は5分しかできないけど、テレビ見るのは6分できるとします。これって、何かテレビに対して1分ながく続けれる理由がありますよね。そうしたら、それがドラマなのかニュースなのかアニメなのかで考えてみますか。ドラマとニュースは6分で飽きるけど、アニメは7分見れるとかになる。アニメも6分ならまんべんなく見れるってことですね。では、何に興味があってみたのか、しゃべり方?画像?絵?撮影方法?場所?音?なんでしょう。このように考えると1つはこの中だとこれかなぁっていうものが見つかると思います。それが、好きなものかもしれませんね。

もう一つ、やらされることってありますよね。勉強、家事、買い物、習い事。やらされることって、大体嫌ですけど。もしその中でやり切れた、続けられたことあります?

嫌なのにできるってどういうことでしょうかね。ほんとに心から嫌いですか?親とか先生が嫌いなだけで、その行動自体嫌いではないってことないですか?

 

少しでも今回の話がきっかけで、次郎や菜穂子のように好きなことを見つけられる人が増えれば、大海原に自分で強い船を作り出す人が多くなることを願います。

 

ちょっと、長くなりすぎたので、いったんここまでにしたいと思います。

続きは、下の内容でのお話です。

3.好きなこと と「仕事」か「私的幸せ」を選ぶこと

つづく

 

ここまで、読んでいただきありがとうございました。

よければ続きのブログもみてください。